三井化学線・旧原宿線廃線か!?
(7月24日記述)

 三井化学線と旧原宿線はそれぞれ22KV1回線で、藤沢市の六会変電所から出発し、同じ鉄塔で東の方へ進んで行きます。 現在、横浜市戸塚区小雀町内のNo.25〜No.29までの5基は、昭和初期に建設された当時からの鉄塔(鉄柱?)が残っています。 これらの鉄塔は架空地線の無い変わった形をしていて、かなり独特の雰囲気があります。
 今から数年前に、環状四号を挟んだ若番側にも残っていた同様の建設当初からの鉄塔が建て替えられ、 現在は当初からの鉄塔は前述の5基を残すのみとなっていました。
 しかし、本日(7月24日)久しぶりに見たところ、残念なことに電線や碍子が無くなり、しかもNo.25は解体されそこにあるべき姿がありませんでした。 最初は古い鉄塔5基の建て替えだと思っていたのですが、さらに見てみると、何と数年前に建て替えられたばかりの若番側の鉄塔も消えていたのです。 さらに老番側の戸岩線と並行してJR東海道線等を越えるあたりの鉄塔も、消滅しているようです (この区間は遠くから見ただけなので、もしかしたら違っているかもしれません)。
 元々三井化学線はその名の通り、横浜市栄区笠間にあった三井東圧化学の工場に送電するために建設された送電線です(旧原宿線についてはよくわかりません)。 現在は工場は無くなり、三井化学線は休止状態であったと思われます(旧原宿線も休止状態か?)。
 これらのことから、三井化学線・旧原宿線は今回、廃止されてしまったのではないかと思っています。 ただ、もしそうだったとしても前述の数年前に建て替えられた鉄塔は、工場が廃止されてから建て替えられたと記憶しています。 もし仮に工場廃止前に建て替えられていたとしても、近いうちに工場が廃止される見込みがあるのにわざわざ建て替える必要は無かったのでは、とも思っています。 はたして真相はいかに!?
(なお三井化学線についてはいくつかの鉄塔サイトで採り上げられています)

 ちなみに、なぜわざわざこのようなページを立ち上げてまで今回のことを採り上げたのかというと……
 三井化学線の最後まで残った5基の初代の鉄塔のすぐ近くに、私の母の実家(いとこの家)があるのです。 幼少の頃から、慣れ親しんだ鉄塔たちでした。その存在に気づいた頃は、「変わった形の鉄塔だなぁ」と思う程度だったのですが、 インターネットをするようになって、鉄塔サイトでこの鉄塔たちのことが紹介されているのを見て、また実際に自分で見に行って、 大変な歴史のある送電線であることがわかりました。 「いつか撮影してみよう」と思っていたのですが、結局1枚も写真を撮ることなく今日に至ってしまいました。このことを非常に悔やんでいます。


 三井化学線・旧原宿線のことについて何かご存知の方がいましたら、ぜひ教えていただきたいと思います。

なおこのページは当初期間限定公開としていましたが、今後も引き続き公開継続してまいります。

9月17日追記:本日JR東海道線車内より、戸岩線並行区間の三井化学線鉄塔がすべて消滅しているのを確認しました。 どうやら本当に廃止されてしまったようです。

10月4日追記:送電鉄塔サイト「送電線」のY1HIRO様から、廃止前の鉄塔の画像をいただきました。 ありがとうございます。この場を借りて公開させていただきます。
三井化学線25号鉄塔(懸垂鉄塔)  三井化学線26号鉄塔(耐張鉄塔)

TOPページへ